CapriCalm

HANABI

 僕は、ドキドキしていた。  夏真っ盛りの八月。今日も気温はぐんぐん上がって、昼間は外に出ると倒れてしまうのではないかと思うような暑さだった。今年の夏は異常だ。僕が小学生だった頃はまだ元気に外で遊んでいたのに。この数年で何が変わってしまったのだろうか。  夜になっても暑さは変わらずで、汗がとまらない。いや、これは暑さだけではない。先程から心臓の爆音とともに変な汗が出ている気がする。  ドーン、ドーン――  とりあえず持っていたタオルで汗を拭いていると、いきなり大きな音が響き渡った。心臓の爆音がまた一気に大きくなった。  びっくりさせないでくれよ……というのもおかしな話か。今日は花火大会の日。年に一度のイベントだ。市が運営しているだけあって規模も大きく、遠くから見に来る人も多い。普段の夜はそんなに人がいないこの場所も、この日は溢れそうなくらい人がいる。人に酔ってしまいそうだ。 「きれいだねー……」  僕の隣で彼女がつぶやいた。彼女? いやいやお付き合いしているわけではない。しかし、僕も一人で花火を見に来ることなんてない。  彼女は僕のクラスメイトで、明るく笑顔が可愛い子。高校に入ってたまたま同じクラスになり、たまたま近くの席になったことでよく話すようになったという、ありがちなパターンだ。そして僕のようなあまり目立たない男子とも気さくに話してくれる。彼女の可愛い笑顔に僕は見事にやられてしまった。単純な男である。 「今度、花火一緒に見に行かない……?」  先日、教室で二人きりになる機会があったので、僕は思い切って声をかけた。いつも話しているはずなのに、変な声にならなかったか? と心配するくらい胸がドキドキしていた。  断られたらどうしよう……いや、それでも仕方ないか。心配ばかりしている僕だったが、 「うん、いいよ」  という彼女の返事を聞いた途端、スッと全身の力が抜ける感じがした。嬉しい。嬉しいはずなのに、何だろうこの脱力感は。緊張の糸がプツンと切れたような感じだろうか。 「――どうしたの?」  僕の隣で彼女がつぶやいた。いや違う、今度は僕の顔を見て話しかけてきていた。彼女を誘った時のことを思い出していたらボーっとしていたようだ。 「あ、い、いや、なんでもない……」  また汗が出てきた。僕はまたタオルで汗を拭う。今日はなかなか彼女の目を見ることが出来ない。いつも学校で話しているではないか。普段通りに、目を見て話せばいいのに……。  分かっている。どうしてこんなに緊張しているのか。今日僕は決めていたんだ。花火大会に一緒に行って、彼女に告白しようと。だから―― 「あ、あのさ」 「ん?」  覚悟は決めた。今しかない。 「あ、えっと……その、好きです。ぼ、僕と――」  ドーン、ドーーン――  大きな赤い花火が数発打ち上がった。その音が大きく、僕は言葉に詰まってハッキリと言えなかった。せっかくのチャンスだと思ったのに……。  ふと彼女の顔を見る。なにやらクスクスと笑っているような感じだった。さっきから汗が止まらないし、何か言いかけて終わるし、僕が変な人だと思われてるのではないか……?  急に手があたたかくなった。汗はかいていたがタオルで拭いていたし、おかしいなと思ったら――  彼女が僕と手をつないでいた。  今何が起きているのか頭の整理が追いつかない僕だったが、彼女の小さな手はたしかに僕の手を握っている。  僕はもう一度彼女を見た。彼女も僕の方を見ていて、目が合うとにっこりと笑った。 「ほら、花火見ないともったいないよ」  そう言ってまた夜空を見上げる。僕と手をつないだまま。  ドーン、ドーン――  色鮮やかな花火が打ち上がっていく。僕の心の中でも、花火が打ち上がっているようだ。